松村公子伝

08.07.26 土曜日

生涯最高の友人

1978年の春先だったろう。
 
 
 
僕らは3歳で出会った。
 
 
小学校の1、2年生が同じクラスだった。

その時に初めて彼の家に泊まり、一緒に宿題をした時の
部屋の風景や電気を消した暗さを今も覚えている。
 
 
彼が103号室で己が203号室だった。

床を開けて階段をつければいいじゃないかと
夢想した回数は100回じゃ利かないと思う。
 
 
 
彼の誕生日は己の誕生日の月日をひっくり返した日付だ。
 
 
わずかに早く生まれた己は腕力で敗けることはなかったが、
口ゲンカでは涙をにじませたことが何度かあったが、総じて9割が己の勝率だった。

 
下痢腹を抱えて彼の家で遊んでいる時のこと。

やっぱり我慢しきれずに家に還ろうとしたのだが
間に合わなくて、彼の家の廊下に
点々と漏らして家まで還った。

恥ずかしくってしょうがないけど
戻って拭くわけにもいかないし、
どうしようもなく家で寝ていた己に
お見舞いでやってきて
「落とし物があったよ」と
バカにするでもなく、からかうでもなく
ウィットの利いたあの笑顔を今でも鮮烈に覚えている。


おばちゃんとおじちゃんは己を家族として扱ってくれていた。

明日香は妹として彼よりも己と仲が良かった。
隆之は才能があるのに自信がない奴だった。
北斗は手のつけられない悪ガキだった。


今にして思えばだが、己は5人兄弟の長男だったのかも知れない。


去年になって、婚約者を紹介された。

だから結婚することは分かっていた。

子供同士他愛もなく
「オレの結婚式なんか100段のウェディングケーキで...」
「オレは1000段だぞ!」
結婚式のことをあーだこーだとまくし立ていた。

遠い遠い日にいつか来る、結婚式について。


招待状はおじちゃんの名前で送られてきた。

タイムカプセルから届いた手紙みたいだった。

「家族と一緒に座ってもらうから」と言われていた。

隆之と北斗と北斗の奥さんの真由美さんと娘の優愛ちゃん、息子の太陽くんに会い(隆之も北斗も分からないくらい顔が変わっていた)(そして太陽くんは昔の北斗にそっくりだった)、
おじちゃんとおばちゃんと一緒のタイミングで席に着いた。

10年を超える再会だが向こうも敬語なんか使ってこない。


小学校の5年が最盛期だったろうか。

己は、家の「下の部屋」には363日くらいいた。
もちろん、チャイムなんか鳴らさない。

彼はワケの分からないこだわりで
「ファミコンは絶対に買わない」として
セガにこだわりつづけていた。

毎日セガをやっていた。

彼と己ばかりがやりまくり
隆之と北斗はかわいそうなくらいやらせてもらえなかった。


学校は小学校と中学校が一緒だったが
同じクラスになったのは小学校の1、2年だけだった。

その1、2年の時も学校では特別一緒にくっついてるわけではなかった。

彼はなんというかゴーイングマイウェイで
己もあまり多数派ではなかったが
彼は更に少数派。つぅかオンリーワンだった。

彼の昔の回想によると
「みんなが自分を変わり者として扱ったが
己だけが普通に接してくれた」と言う。

あまり自覚もなかったのだが
思い出してみるとそうだったかもしれない。


中学の時、松村家は同じ町内へ引っ越してしまった。

高校も違う学校に別れた。

予備校で再び一緒になったが、彼は理系だったので
まず会わなかった。

大学も違う。


殊更に会おうとしなかったし
殊更に会わなければ会わないまま過ぎてしまう。


そして今日がやってきた。


大学の研究室の恩師だという方が乾杯の挨拶をされていた。


「薬の実験というものは、非常に気の遠くなるような単純作業の繰り返しであり、壁にぶつかってしまった時には何千回やっても結果が得られないということも珍しくない。
私の研究室では毎週土曜日に研究の報告会をするのですが、
彼が実験のリーダーを務めていた時に壁にぶつかってしまったんですね。それで毎週毎週の報告会で『まだうまくいきません』『まだうまくいきません』と報告をし続けるわけです。それが半年も続いて...
私もたくさんの学生をみていますが、たいていはやはり半年も経たないうちに、投げ出してしまったり、やる気をなくしたり愚痴が出たりするんですね。しかし、彼の場合はまったくそういうことがない。
『まだうまくいきません』と報告し続けるだけなんですね。
そしてある日、ぼそっとですよ。
ぼそっと『うまくいきました』ってそれだけなんですね。(会場笑。)うまくいかない時もうまくいったときもなんら調子が変わる様子でもない」


そう。

 
そう。

そうなんだよ。






会場にあって己は完全なアウェーだった。

己は松村家(と奥さん)以外に知る者がいない。

100人くらいの席にあって己はアウェーだった。

ふざけるなよ、己こそ正統なんだぞと主張したかったが

他の人もまた同じ気概で彼を愛しているのだろう。


おばちゃんとおじちゃんは静かに目を潤ませていた。

おじちゃんが涙を浮かべるのは初めて見た。


隣の隆之と話をするが
相変わらずなにをしたいという様子でもなく
己もなんか力になってやりたいと思うのだが
相変わらずなんにもしてやれるようでもない。

隆之と北斗は生まれた時から知っている。


「みんなにそれぞれ手紙があるみたいよ」
おばちゃんが言うのでテーブルの上をみてみると
確かに己にもあった。

「3歳で出会って以来、...云々...
 ひさしくんが本当の親友でした」

己は一読するとまた封筒に戻し
『スズキのポワレとハーブのパート ソースヴィエルジュ』に
またフォークをつけた。

手紙は式場に置いてきてしまったらしく
今手元にない。



互いに大学に入ってから、酒も交わした。
大学の友人と酒を呑むのは普通だが、
三歳からの友人と呑むのはどこかくすぐったい。

エロ本も同じだ。
彼とエロい話をするのは、母親にエロ本が見つかるような気恥ずかしさがある。


もちろん挙式からの出席をお願いされていたのだが、式にはなんとなく出なかった。

なんとなく遅刻をした。


披露宴では各テーブルに酒を注ぎに来るかと思ったが来なかった。

己が彼に一献差し上げにいけばいいのだが
なんだか億劫だった。

遠い家族席から彼が大学や会社の友人と乾杯しているのを
みているだけだった。

一応、己が出席しているのは分かられていたようだが
ついぞ披露宴中には彼と目を合わせなかった。






お色直しが始まり、新郎新婦は一時退場した。

ふたりのビデオが流れた。

写真とメッセージを使ったどこにでもあるようなビデオだった。


3ターン目くらいで己の写真が流れてテロップも流れた。


「生涯最高の友人
 多苗尚志」


誰が気づくだろうか。

この会場の9割以上の人に関係のないメッセージだった。

おばちゃんとおじちゃんも会場外に出ていたので
松村家のテーブルでも話題にならなかった。

己のことなど知らないし
メッセージ自体見ていなかった人も多かっただろう

そして

誰が己の気を知るだろうか。


ビデオは会社時代に進み
それがなにかの思い出の写真のようで、笑いが起こっていた。


己はナイフとフォークを置いてイスに深々と座り直した。

喧噪の中、ひとり、黒いダイヤル式の金庫を盗み開けるような静寂で
誰にも気づかれずに天井を見上げ、ゆっくりと息を吐いた。

結婚式場の白い豪奢な拡い天井と目が合う。

己が息を吐き終わるまでの数瞬、
天井は今ビデオを流しているプロジェクターよりも何倍も大きく、
数百枚の写真を駆け映す。

あの日あの日あの日

松村洋祐と一緒だったあの写真たちを。

目から離れないあの光景たちを。
 
 
 
披露宴は終わった。


宴全体を通して見えた彼の所作、あいさつは
まるで既に、1978年のあの日から分かっていたかのように
一言一句が、己に既視感を与えるものだった。


出口に新郎新婦が立っていた。

新婦さっちゃんと話をしながら
己は隣にいる新郎、松村洋祐と両手で握手をしていた。


さっちゃんとなにを話したか覚えていないが
冗談を交えて結構話したのでちょっとした時間だった。

その間ずっと洋ちゃんと手を握っていた。

さっちゃんとの話が終わって
洋ちゃんに視線を移した。

今日、初めて目を合わせる。


「今日はホントにおめでとう」

「ありがとう」

「いい披露宴だったよ。」

「うん、ありがとう」

己は手を離して会場を後にした。


※このエントリをもって松村滋弥、公子、隆之、北斗、真由美、優愛、太陽が友いるKIに入伝しました。

投稿者 多苗尚志 : 22:36
[ 松村洋祐伝松村滋弥伝松村公子伝松村隆之伝さっちゃん伝松村北斗伝松村優愛伝松村真由美伝松村太陽伝縁~出会いの物語 ]