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- 08/28
- 2006パラサイヨツアー総括
06.08.28 月曜日
2006パラサイヨツアー総括
今年、すばらしくよかったよ。
来年は読者のあなたと共感したい。
■各人見解
□公式見解
◆PARASAIYO TOUR 2006 レポート / ツアーの様子
□“若社長”森村泰明
◆パラサイヨツアー2006 - オフィスバンク社長ブログ
□“タジーボンバー”田島由香
◆Caspeee事務局タジーのブログ☆
ただいまぁー(^^)
フィリピンの子供達
きれいな空
あなたの夢はなんですか?
◆地球を救う★タジープ - ケータイ ポッドキャスティング Caspeee(キャスピィ)
パラサイヨメンバーと子供達の声をおとどけ!フィリピンの孤児院ボランティア報告★
WAKI!!パラサイヨの団長の熱い言葉
タジー、孤児院のオーナーにインタビュー!
□“ニセライター”新保輝之
◆もがみの騒動見聞録
パラサイヨツアー初日その1 マニラの灯
パラサイヨツアー初日その2 いきなりミーティング
パラサイヨツアー二日目その1 カメラ・トーク/BANG THE BONGO
パラサイヨツアー二日目その2 Joe the pogi/語学の天才
パラサイヨツアー二日目その3 Hand in Hand
パラサイヨツアー三日目その1 テーブル・トランスポーター
パラサイヨツアー三日目その2 彼らの市場
□“小さくてもピリリと辛い小岩”佐々木孝仁
フィリピンで感じた本物
□ミクシィ群
ミクシィに書くな。他の皆様みれないだろ。
響いた部分抜粋
3歳くらいから20歳位まで200名近くいるんだけど、
いつもちびっ子担当の自分としては(なぜなら英語が苦手だから(笑)初めてしっかり話したんじゃないかな。超ブロークンイングリッシュと仲間の通訳に手伝ってもらいながら。英訳でなく通じていた。それがお互いに知ろうとする。
空気感と言うか相手の温かさがさらに感じ取れてとても
意義深いものだった。彼らの夢や自分たちのことをもっと
知ってもらうということ。それだけでお互いががんばれるような。
響いた部分抜粋そして 産まれてきてくれてありがとう
響いた部分抜粋
マニラの空港でも、帰ってきた成田でも、飲みながら、今後
どうしていきたい、どうしてあげたいという議論が活発に
始まりました。こんなパラサイヨメンバーがとっても頼もしく見え、嬉しく
感じ、そしてその中にいる自分を誇りに思うこともできました。引き続き、自分にできることをしていきたいと思います。
□“ミニミニ先生”武藤美枝子
途中で断念してる。笑。
逐一報告なんて無理なんだって。
新保輝之でもなきゃあ。
響いた部分抜粋
子供たちに将来の夢を聞いたところ、家族や自分たちのような孤児を助けたいというものが目立ちました自分たちのしていることは、他から見れば砂漠に水をまくような不毛なことであったり 自己満足かもしれないです
でもこれからもこの活動は続けていきたい
この活動を通してかけがえのない友人にめぐり合えたり、感動的なことをいっぱい分かち合えたり フィリピンの孤児院を訪問することで気づかされたりすることも多いから
響いた部分抜粋
果たしてみんなはおいらを受け入れてくれるのか・・・。6年ぶりの参加で準備に何も貢献していない僕が・・・。
多苗総括パラサイヨツアー2006とはなんだったのか
※パラサイヨメンバー用に記した物なのでわけわからんとこもあるやもしれません。赦せ。
今年も泣けなかった。
しかし、
去年、なにがしかの不満を持ち、なかば憮然として
「だから泣けないんだよ」と思っていた己は、
今年、いくつかの理由をもって
「泣くよりは晴々とした面持ちでいよう」と思った。
まるで逆の意味で泣かなかったのだ。
以下、それにまつわるいくつかの理由と
それにまつわらないいくつかの雑感を徒然に挙げていきたい。
註:例年だとか初めてという表現は多苗がパラサイヨツアーに参加した
3回の歴史の中においてに過ぎない。6年に及ぶ8、9回のツアーの
歴史はあずかり知らぬ。
●パラサイヨシンクロ(組織同調)
例年に比べてパラサイヨがひとつであったように思う。
今年のツアーのテーマをサイヨ人の兄弟姉妹各人が噛みしめていた。
子供たちを「知る」ツアーであると。
各人の参加の理由・態度が多様に受け容れられるのが
パラサイヨの大きな特徴のひとつであるが、
それらは受け容れられた上で各人が同じ方向を向いていた。
これは新しい傾向だと思う。
事務局が口酸っぱく語ってくれた功績も大きいが
各人が自らそう思っていたのだろう。
「子供たちとただはしゃぐだけでは物足りない。
きちんと相手のことを知りたい。
自分たちのことも知ってもらいたい。」
紆余曲折はあれ、その認識に落ち着いた。
みんな感じていた。
頭で分かってるというより奥底から感じているという意味で
これはもはやシンクロレベル。
パラサイヨシンクロ。
●子供サミットの成功
まだ、各チームの話し合いの状況を詳しくみていないが
子供サミットは成功したと感じている。
この成功は子供サミットのオペレーションが優れていたということのみに
起因していない。
「知る」というひとつのテーマに基づいて
各班の企画が設計され、それぞれ有機的に連携が生きていたことに起因している。
これまでは自分たちの班の企画・出し物さえうまくいけばいいという風潮が
少なからずあったように思う。
己はそれに注意し、「各班、他班の企画に対しても主体的に協力せよ」と
言おうと思ったがその必要はなかった。
パラサイヨシンクロが起きて、そんなことはみんな既にわかっていたから。
KKDのビデオの成功を受けて愛-KASAMの夢プロの成功があり、
夢プロの成功を受けてフレッシュじゅごんSANの僕イチの成功があり、
僕イチの成功を受けて『伝説の気炎倭姫旅団』の子供サミットの成功があった。
バラバラに成功があったのではなく、とんとんと繋がるバトンのように
美しく成功が渡されていった。
●子供たちからアンジェロ、ナット、ジェリークローへ
子供たちと知り合うことによってようやく名前がついた。
1日目のハウスでの夕食と子供サミットで一緒になった相手がアンジェロだった。
アンジェロはハウスのリーダーで今年CMSPを卒業する。
マーケティングが好きで、それを専攻し、もし魔法が使えるなら今すぐ社長になって
フィリピンの貧しい人々を雇いたい。
大学までの通い方としては、CMSPからトライバイシクル(バイクタクシー)で
大学近くの停留所まで向かい、そこからは自転車を漕いで征く。
大学のチェスチャンピオンで当然CMSPでも一位。
来月、他校とのチャンピオンシップがある。
ビデオにいたく感動していてミニ(“ミニミニ先生”武藤美枝子)と
ヨッチ(“MAHY”吉田秀樹)にあんなバックがあるなんて知らなかった。
ああやって毎年来てくれてるんだ。「ありがとう。」と言った。
ずしりとした触感のあるありがとうだった。
ナットは16歳で5歳の時にCMSPに入った。その時、両親はいたのかと己が聞くと
場の空気が凍りつき、アンジェロがかばおうとした。
ナットは静かに頭を振りながら「No」と言った。彼は高校の卓球チャンピオンで
しばしば学校対抗でも勝利しているらしい。また礼拝の時、オルガンの近くで
エレキギターを弾いていたのは彼だ。
ジェリークローは英語がまだ十分ではなかったが、じっくり話ができたことにとても
満足していた。3人ともフィリピンの他の貧しい人々を救いたいと思っていて
そのために努力を積んでいた。
今後の全体ミーティングでは話に名前が挙がると熱いかもしれない。
「マンゴーファンドいいねぇ。そういう話はアンジェロとかナット辺りが喜ぶんじゃない?」
という具合に。
●ダンスの必然性
だからダンスに必然性があった。
例年は時間つぶしの感さえ否めなかったダンスが、
名前がわかった今、よしダンスしよう!
もう今日はさ!呑もうよ!呑めないなら踊ろうよ!
北野武の座頭市よろしくエンディングはオールキャストで踊ろう。
踊ることに意味があった。
●雰囲気が変わっていた
明らかになにかが変わっていた。
ダンスの中で誰かが誰かの肩を持ってムカデが始まった。
去年までならノリのイイ奴らだけがムカデになっていたが
遂に初めて、ザイオンにいるみんな全員がひとつの輪になった。
変化の空気は還りの飛行機にもみられた。
ほとんどみんな起きていた。
みんな楽しそうに喋り、席を越えて喋っていた。
歩き回りすぎて“ヘンリー三世”早田安里までがスッチーに怒られた。
●ぶっちゃけ
三回目にして確信した。
己は子供たちに愛など感じていなかった。
今なら言える。
己は子供が苦手だ。どう接していいのかわからない。
言葉を介したコミュニケーションに重きを置いていて
言葉が通じない相手とはどうしても関係が希薄になる。
女の子なんかもっと苦手で、あまり触ると警戒されそうだし
怖がられるようで怖い。
己の受け持ちに女の子はずっといない。
パラメンの中で己だけが子供と正面から向き合っていないように思う。
みんな「子供たちのために」と言ってイベントの苦労をかいくぐるが
己にそのモチベーションはなかった。
己がパラサイヨを続けてきたモチベーションは3つある
・サイヨ人のすばらしき兄弟姉妹と共同プロジェクトを楽しむこと
・CMSPに来るだけで相手のためになれる絶対肯定感
・
子供のためと言えば子供のためと言えなくもないが
いや、しかし、微妙にして明確な差で、
己は子供自体はどうでもいいと思っていて、愛なんか感じていなかった。
●初めて芽生えた1割の愛情
アンジェロもナットもジェリークローもPJもナジェリンもイライジャも
みんなみんな貧しい人のお役に立ちたいと言っていた。
その言葉を聞く度に、己は胸を打たれていたが
意地悪な疑問が浮かんでいたことを隠さないでおく。
つまり、「本当にそうか?」「実際、人のための行動がとれるのか?」と思った。
さて、
己が参加したツアーの1回目2回目の打ち上げの時、
レストランから少し離れたところにバスが止まった為、
レストランまで歩く途中にモノホンの物乞いに出遭ったのだ。
いつまでも哀れに手を差し伸ばす彼らに対し、己は頭を振るか、無視を決めこんだ。
ヘドを吐くような矛盾。
CMSPの子供は笑顔で救いながら、彼らに対しては冷血な貴族を演じる。
彼らとは縁がなかったのだと呑み込み、打ち上げの酒を呑み込んでいた。
アンジェロに己は意地悪な質問をした。
Q:もし、通学の途中に物乞いに会ったらどうする?
「持っている食料をあげるよ
お金をあげたらタバコとか麻薬とかなにを買うか分からないから食料をあげる。」
へぇ~という空気が流れるが、己は逃がさず追撃をする。
「いつもかい?遭った時は100%そうする?」
「持ってない時は説明して、学校へ征く。」
そらみろ。そんなもんだろう。
「そして、学校の友達にあそこに物乞いがいるから、誰か食料をあげてくれないか
って相談するんだ。」
己は胸がキリリとした。
お金をあげてもキリがない。一度あげてもそいつのためにはならない。
などと思考を停止していた自分に腹が立った。
食料をあげればいいじゃないか。パンでいいじゃないか。
己はアンジェロから大事なことを教わった。
夢プロで一緒だったPJは、マリーン(海兵隊)になりたいそうだ。
マリーンになって弱い人を守ってあげるのだという。
PJは己がダンスの時に脱ぎ散らかして
失くしたいたサンダルを必ずみつけてきた。
なんか己の役に立とうと必死だった。
自分から心を開かず、子供との接し方が分からないと駄々をこねていた己に
ようやく1割程度、愛情が芽生えた。
アンジェロとナットとジェリークローとPJとナジェリンとイライジャと
ジュリーとアランとジョナサンとネオのために、なんとかしてやりたい。
ジョナサンは3回連続でつきあってるちっちゃい男の子だが
3回経っても全然成長せん。笑。
ずっとタガログ語をちっちゃい声で喋っててなにがしたいんかようわからん。
でも、己のことが好きみたいだ。
●キースの言葉
“玲々たるバンビーナ”武山玲子が前に言っていた。
「パラサイヨのみんなは家族なんです。」
“メゲない無邪気”内藤博之が言っていた。
「そうなんだって。俺がひさしさんって呼ぶのはひさし兄さんの略だし
大山さんって呼ぶのは大山兄さんの略なんだよ。」
なんとなくわかる。なんとなくわかるが
よく分からずにいた。
礼拝時、キースの説教で大きく響いた言葉があった。
「相手を知り、自分を知ってもらおうとするその関係はもはやfamilyである。」
キリスト教のバックボーンがあり、愛の概念が強いためそういう発想があるのかも知れない。
でも、己の方こそ、家族というものの制限に囚われていなかったか。
我々はfamilyになろうとしている。
●我々は支援団体か
パラサイヨの最終目的、団体理念は「子供たちの自立支援」である。
でも、本当にそうであろうか?
己は今回を通して疑わしくなってきた。
己がパラサイヨを続けてきたモチベーションは3つある
・サイヨ人のすばらしき兄弟姉妹と共同プロジェクトを楽しむこと
・CMSPに来るだけで相手のためになれる絶対肯定感
もうひとつは
・経済に恵まれて表情を失った日本人と、
貧困に喘ぎながら豊かな表情で生きる比人のコラボレーションによる
新しい人間の価値観の模索
「子供たちの自立支援」というのは手段ではないだろうか。
「子供たちの自立支援」というのは日本寄りの考えではないだろうか。
アメリカを追い越せ追い抜けの日本があり、
日本を追い越せ追い抜けの韓国と中国がある。
比国は韓国と中国を追い越せ追い抜けばいいのだろうか。
「知る」ことが自立支援に繋がっているだろうか。
よりピンポイントでサポートするために知ることが必要だと言うかも知れない。
だが、明らかにそれだけが目的ではないのではないか。
己たちは対等だ。
「共に新しい豊かさを模索する」。
●パラメンみんな
今年も最高のツアーだったね。来年も最高のツアーだ。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。
投稿者 多苗尚志 : 2006年8月28日 18:08編集
[ PARASIYO伝
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