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08.01.12 土曜日

多苗尚志のサシ呑みクエスト76 清水宣晶

夜も更けてきたので
"スピードの哲人"清水宣晶と己はデニーズ柏店へ

この店、己が幼稚園の頃からここにあったけど一度も入ったことがなかった。

そういう場所に2002年に出会った友人と一緒にいるのは
なにか時空を超えた感覚がある。

清水氏とはそれこそ何度もサシで呑んでいるわけで
いつをサシ呑みと認定しようかとずっと考えていた。

これはきちっとサシ呑みとしてお誘いしなければならないと思っていたが
この日のコーヒートークはすごい盛り上がった。

まず、清水氏が我が両親と初の食事会だったということでその反省会から
始まった。

「多苗尚志の色々な理由が分かったよ。」と言われた。

なんとなく照れくさいので「あ、そう」と言って追求はしなかった。

こいつの親もみてやろうと思った。

親の顔が見てみたい。

ここ最近になって、友人たちを親に紹介することにした。

それは己の中で敗北である。

友人たちが我が家に来るのはそれぞれ理由があったついでだったが
それでも昔の己なら家だけは拒んでいただろう。

つまり、己という息子は親にとって心配以外の何者でもないのだ。

己は親の忠告に逆らって己の流儀でやりたいようにやってきたが
遂にここまで来て敗北を認めざるを得ない状況になった。

そこで友人を使って己に対する客観視を親にプレゼンするという形なのだ。

もちろん、そこまで意識的ではなかった。

しかし、振り返ってみるにどうやらそういうことだ。

これは恥ずべき敗北だ。


友人たちを親に紹介すると、どうだろう。

今まで「友達なんて最後にはいなくなるものなの!あなたは自分に集中しなさい」と言っていた親が
「友達の大切さ」を語り出したりする。

びっくりした!

つまり、親はまるでプレゼンのない状態にほとほと疲れていたのだ。
そして、顔の見えない「友達」という存在がよく分からなかったわけだ。

しかし、
池本氏や森村夫妻や清水氏など烈士たちを具体的に紹介すると
親はそれに安心したようなのである。

そんな召喚魔法を使わなくても己は親を安心させなければいけなかった。

これは明らかに敗北である。

以上、『召喚魔法という敗北』という説話の他
48遍の説話について晶とひたすら5時間くらいコーヒーだけで
語り明かした。

尚、語る材料はたくさんあったのだが、レンタカーの返却時間があり
時間切れとなった。


清水宣晶と己は決して似ているタイプではない。

だが、徹底して相違を認め合うことができる。

例えば珍しく彼が熱く語っても
「へー。全然わかんねぇや。」と無碍なる答えができるのは
そういう基盤があるからだ。


もちろん始めからそうだったわけではない。

むしろ、03年頃、初めて銀座でサシ呑みをした時、
彼は「多苗は全然自分をみせてくれないんだ」ということを友人に漏らしている。

己は相手が自分を理解してくれると思わなければ
自分を開かない。

サシ呑みの誘いをしてくれたのも彼の方だったし
彼は己に興味をもってゆっくりゆっくりと理解を積み重ねていってくれた。

今では、尋かれてもいないのに己の方から自分の話を晶に語る。


ありがたき存在と言える。

投稿者 多苗尚志 : 2008年1月12日 19:07編集
[ 清水宣晶伝多苗尚志のサシ呑みクエスト ]

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